
刻々と変化する、立山や弥陀ヶ原からのぞむ雲海。遥か遠くまで続く神秘の風景を眺めていると、下界では得られない感動がこみ上げてくる。
俗世間を遠く離れた雲上の楽園で、人知を超えた自然の神秘に出逢ったときの素直な喜びと驚きは、きっと遥か昔も今も変わらない。
古くから信仰の山として崇められ、室町時代にはすでに修験者たちが登っていた痕跡が残る立山連峰。
弥陀ヶ原の雲海
下界では曇っていても、山の上では見事な雲海を見られることも多い。
下界では曇っていても、山の上では見事な雲海を見られることも多い。
ワタスゲ
8月になると、弥陀ヶ原高原では白いワタスゲが一斉に風になびき、辺りはまさに楽園となる。
8月になると、弥陀ヶ原高原では白いワタスゲが一斉に風になびき、辺りはまさに楽園となる。
開山の歴史は、佐伯有頼少年が白鷹を追って山に入り、玉殿の岩屋で霊示を受けたことに始まると伝えられている。
大伴家持は万葉集で次のような歌を詠んでいる。
「立山に降り置ける雪を常夏に 見れども飽かず神からならし」 (立山に降り積もった雪を、夏中見ても飽きることがない。この山の神の品格のせいであろう)
かつて富山には、男子は16歳頃までに立山参りをして初めて、一人前の青年として認められる風習があった。 少年たちは10歳を過ぎると、村々から隊を組んで立山に登り、これを成人式とした。 厳しい立山の自然に立ち向かい、雄山の頂上に立つことで、大人として迎え入れられたのである。






