今もむかしも変わることなく、多くの人々を魅了する立山。この立山は今から1,280年ほど前、佐伯有頼という少年によって開かれたと伝えられています。
ある日、有頼は父が大切にしている白鷹をこっそり持ち出し、鷹狩りに興じていました。するとどうしたことでしょう。
白鷹は急に有頼の手を離れ、空高く飛び立っていってしまったのです。
有頼は白鷹を必死で追いかけ、こずえにとまったところを捕まえようとしましたが、そこに突然一匹の熊があらわれたため、白鷹はふたたび逃げてしまいました。
「憎き熊め!よくも父の白鷹を逃がしたな!」怒った有頼が熊めがけて矢を放つと、矢はみごと胸に命中。熊は傷口から血を流しながら山の奥へと走り去っていきます。
有頼は地面に点々と落ちた血を目印に何日も熊を追いかけ、ついに、熊が立山頂上近くの岩穴に逃げ込んだことをつきとめました。
岩穴に近づいて耳をそばだてると、中から熊のうめき声が聞こえてきます。
「今度こそは…」と弓に矢をつがえて岩穴に踏み込むと、なんとそこには、金色に輝く阿弥陀如来が立っておられるではありませんか!
しかもよく見ると、その胸には有頼が射た矢がささっています。
「俺は阿弥陀様に向かって弓を引いたのか…!」呆然とする有頼に、阿弥陀様がお告げになりました。
「白鷹も熊も、すべて立山神の化身だったのです。それもこれも、お前にわたしの思いを託すため。
この尊い山に多くの人が信仰をささげられるよう、お前は僧になってこの山を開きなさい」お告げを受けた有頼はひどく感激し、名を慈興と改めて、立山開山にその一生をささげたそうです。
むかし、越中の立山と加賀の白山とが、背くらべをすることとなりました。
両方の山頂に長い長い樋をかけ渡して水を流し入れると、水は白山に向かって流れていきます。
これを目の当りにした加賀の民は「負けるまい」と、すぐさま樋の下にわらじを3つ積み重ねました。
すると、今度は逆に立山に向かって水が流れていきます。
「立山のほうが高い」と、大きな自信を持っていた越中の民はひどく驚き、あわてて樋の下に石ころをひとつ置きました。
この瞬間、立山と白山は同じ高さになり、樋は水平になって、水の流れはぴたっと止まったのです。
こののち、越中の民は「立山は白山より石ころひとつぶん低い」と信じこみ、立山が白山よりも高くなるようにと、立山登山の際、
必ず下界から石を持ってきて頂上に積むことにしたといいます。








